本日は私事で失礼ですが、60回目の誕生日を迎えられました
人生50年 と云われた時代もあったのですから、今生きていることにまず感謝です
今朝の朝明けも凄く綺麗でした!
さて、60年前の自分(この世に生まれる前)は何処にいたでしょう?
私達から見れば逆だと思うでしょうが、仏法的には、あの世が本来の場所(本家)でこの世が修行のために生きてる世界(分家)と云われています
人は生きている証拠に息をしている
息は往復している 吸っては吐く つまり行き来している
人が形を解くとき、本体(本家)に戻るから呼吸を止めると云う
この世に生まれた奇跡の喜びの日が誕生日である
それを実現してくれた両親にまず感謝です
そしてそのまた両親、そのまた両親・・・・・
つまり自分を生み出だしてくれた数えきれないご先祖様達がいたからこそ今の自分があるわけです
鎌倉幕府の時代の中にも、極貧の時代の中にも、世界戦争時代の中にも我々のご先祖様は世代を繋いでくれたのです
ですから、誕生日は自分が祝福されるより、両親はじめ多くのご先祖様に感謝する日であると思うのです